【本とイベント】『チベット人哲学者の思索と弁証法 月には液体の水が存在する』(ゴラナンバ プンツォク ワンギェル=著、チュイデンブン=訳)
『チベット人哲学者の思索と弁証法 月には液体の水が存在する』
ゴラナンバ プンツォク ワンギェル=著 チュイデンブン=訳 明石書店=刊
今週末2月2日、「チベットの歴史と文化学習会」(第15回)が開催される。私はもう運営には関わっていないが、貴重なイベントなので勝手に宣伝しておきたい。
「チベットとモンゴル・文革の時代」(楊海英氏/チュイデンブン)
http://www.facebook.com/events/460499903997318/(Facebookページのイベント案内)
講師は『墓標なき草原』の楊海英氏、そして今回紹介する『チベット人哲学者の思索と弁証法』の訳者であるアムド出身のチベット人、チュイデンブン氏だ。
本書の著者プンツォク・ワンギェル氏(1922年〜)はチベット現代史を語る上で欠かせない存在だ。青年時代にチベット民族の未来のため本気で共産主義革命の理想に共鳴し、後に中国共産党に裏切られた多くのチベット人要人のひとりである。ダライ・ラマ14世が北京で毛沢東と会談した際には通訳を務め、14世の自伝にも「親友」として登場する。モンゴル人としてチベットに潜入した日本人・木村肥佐生氏とも親交があった。
プンワンは法王らとともに反乱を企てたとされ、18年にわたって投獄された。拷問の末、自殺を図ったこともあったが、マルクス主義の古典など獄中で借りられる本を手がかりに、「なぜ革命に忠実であった自分が反革命とされたのか」を課題として弁証法の研究を進めた。上着を洗濯したときに出る青い水をインクに、拾った針金をペンに、トイレットペーパーをノートにして、メモをとったという。
といったプンワンの略伝が本書冒頭に記されている。これは『もうひとつのチベット現代史 プンツォク=ワンギェルの夢と革命の生涯』(明石書店=刊)著者・阿部治平氏によるもの。できれば略伝だけでなく、『もうひとつのチベット現代史』も読んでほしい。ちなみに90歳を超えたプンワンは北京在住。チベット現代史を一人称で語れる、最後の要人かもしれない。
さて、プンワンについてはいくらでも書けてしまうのだが、本書のテーマである弁証法については、私には書く資格がない。まず個人的な問題として哲学全般についての知識が圧倒的に欠けており、弁証法とは何かがよくわからない。弁証法と比較すべきものは何かといった基本的な世界観が描けないせいか、文字面だけを理解していても全体像がまったくつかめないというのが現状だ。
どうやら「月には液体の水が存在する」ということを、自然科学的な方法によらずに論証できるらしい。そして、チベット思想と共産主義の両方を知るプンワンによる弁証法は、心と物の関係性を解くカギであり、平和や「和諧」へとつながっているらしい。らしい、としか言えないのが残念だ。ただ、前提となる事実が正しくて、その先の展開がすべて論理で組み立てられていれば、理系の論文を読むつもりで精読すれば理解できる可能性はありそうだ。
哲学関係のことを聞くには最適な人がいるのだが、ここのところ会う機会を逸して果たせないでいる。と思っているうちに、訳者チュイデンブン氏が登壇する「チベットの歴史と文化学習会」が近づいてきた。こういった内容を言葉で語るとどうなるのか見当もつかないし、さらに謎が深まって質問さえ思い浮かばないかもしれないが、訳者自身による解説を聞けるのは非常に楽しみだ。