【訃報】西川一三さん、チベット暦元日に逝く
1945年、チベットの都ラサに、モンゴル僧に扮して潜入。8年にわたってヒマラヤで過ごした西川一三さんが2月7日、盛岡で亡くなった。享年89歳。
■チベットが外国人の入国を禁じていた時代、さまざまな動機を秘め、命を賭してチベットを目指した日本人がいた。
能海寛、河口慧海、寺本婉雅、成田安輝、青木文教、矢島保治郎、多田等観、野元甚蔵、木村肥佐生、そして西川一三。
■西川一三さんはそのうち最も遅く、太平洋戦争前夜に「西北」への憧れからチベット潜入を目指した。故木村肥佐生氏とは「興亜義塾」で後輩にあたる。
■1943年、モンゴル僧ロブサン・サンボーとして内モンゴルを発ち、1年10カ月に及ぶ単独行の後、1945年にラサに到着。いわゆる“特務調査工作員”としての命を帯びていたが、すでに戦争は終わっていた。
▲写真は帰国後の西川さん
■その後もチベット、シッキム、ブータン、インドで足掛け8年を過ごした。ラサではモンゴル僧としてデプン寺に入り、1年間にわたって下級僧として滞在。「底辺の人」として生きることを貫いた。
■結局、国が“特務”の成果を活かすことはなかったが、その壮大な体験な一部は『秘境西域八年の潜行』(全三巻)に詳細に綴られている。
■盛岡で理美容材卸業を営み、元旦以外は休まず働き続けた。チベットではずいぶんひどいめにあい、「チベット人は大嫌いです」(2001年「日本人チベット行百年記念フォーラム」での言葉)とまで言い切った西川さんだが、くしくもチベット暦の元日である2月7日、新たな「西北」への旅に発った。
▲写真は西川さんが滞在したデプン寺の僧坊
▼ニュース記事
【おくやみ】西川一三氏死去 特務調査工作員(中日新聞)
以下、西川さん関連の本。この機会にどうぞ。
■『秘境西域八年の潜行 抄』(西川一三/中公文庫BIBLIO)
『秘境西域八年の潜行』3巻(絶版)を1冊にまとめたもの。
■『チベットと日本の百年』(新宿書房)
2001年、西川一三さん、野元甚蔵さんを招いて開催された「日本人チベット行百年記念フォーラム」が収録されている。
▼フォーラムのレポートはこちら(ダヤンウルス)
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