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2008年2月

2008年2月28日 (木)

中国当局、チベット僧ら200人を拘束

チベット人と中国当局が衝突し、僧侶ら200人が一時拘束された。場所はチベット東北部アムド地方の中心地、レプコン(同仁)。折しもチベット暦新年15日目の祈祷祭がクライマックスを迎えるタイミングだった。

Rebkong_monlam米国のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、2月21日、チベット暦新年15日目のモンラム祭(祈祷祭)の行事に参加していたチベット人を警官が尋問したところ、他のチベット人たちが集まって騒ぎに発展。投石や車両に放火するといった事態となり、当局は催涙弾で鎮圧して、僧侶など200名を拘束した。チベット人たちは「チベット独立」「ダライ・ラマ万歳」といったスローガンを叫び、騒ぎは夜10時頃まで続いたという。

事件が起こったレプコン(中国青海省同仁県)は、チベット東北部アムド地方の文化的中心地。観光客も数多く訪れる。新年の祈祷祭のため、地元の大僧院ロンウォ寺(隆務寺)には相当の人が集まっていたはずだ。祭のクライマックスであるチャム(仮面舞踊劇)を演じる僧侶の多くが拘束されたため、行事は中止に。

騒ぎが大きくなったため当局はすぐに僧侶らを釈放せざるをえなくなったが、暴行・拷問による負傷者が多く、かえって怒りをかうことになった。結局、ロンウォ寺の高僧のとりなしで騒ぎが終息し、チャムも開催された。

民族意識が盛り上がる祭りの時には、こうしたことが起こりがちだ。次の節目は西暦3月10日。1959年、ラサ市民が蜂起した記念日だろうか。

Tibetans, Chinese Police Clash at Festival (Radio Free Asia, 2008.2.22)
治安当局、チベット僧ら200人を拘束 中国青海省(asahi.com, 2008.2.25)

2008年2月26日 (火)

カモシカ写真を偽造してチベット鉄道を宣伝

中国中央テレビが「記憶に残る報道写真賞」第3位に選んだ青海チベット鉄道(青蔵鉄道)とチベットカモシカの群れを撮影した写真が合成写真だったことが発覚。みっともないとしか言いようがない。

Antelope_1また偽装か、ってことで日本でもそこそこ大きく報道された。たとえば↓
報道賞は合成写真 中国、華南トラに続き(産経ニュース、2008.2.18)
↑が問題の写真だ。[クリックすると拡大できます。以下同じ]
青海チベット鉄道に乗った経験からすると、こうした風景はあっても不思議はない気がする。だからバレないと思ったんだろうか。

Antelope_articleカメラマンの劉為強氏は「報道写真として発表したことはない。もともと芸術的にするため加工した芸術写真だ」と言い張っているというが、新華社はこの写真を掲載した記事に「青藏鉄道は野生動物のために生命の道を開く」と見出しを付け、「野生動物の日常生活を妨げないように、33の動物用通路を設けた」(要約)と、なんかすごくイイことしたとでも言いたそうなコメントを寄せて、要は宣伝記事に仕立てた。
↑はすでに削除された新華網の記事(2006.6.27)のハードコピー。

Antelope_2この写真については、もともとネット上で「合成疑惑」があったそうだ。
←は「三大疑点」を指摘した記事。

Antelope_yingying2チベットカモシカ(チルー)は、北京五輪の5匹のマスコットのひとつとして徴用されており、中国はチベットの自然を守ってます!の象徴的な存在としてライセンス料稼ぎに貢献している。
←チルーの迎迎。ゲーゲーではなく、インイン。

Antelope_yingselこちらは亡命チベット人が5月に独自に開催する「チベタン・オリピック」のマスコット(?)。当然ちょっと怒ってる感じだ。ちなみに聖火は今ごろ台湾にあって、3月には東京にも来る予定。
Tibetan Olympics 2008のサイト

P1000601ちなみに青藏鉄道、風景はほんとにキレイで野生動物もたくさん見られるのは確か。けど、延々こういう(←)絶望的な風景が続いたりもして、本当は何をやったんだ、この人たちは、という暗い気持ちにもさせられる。

2008年2月11日 (月)

【訃報】西川一三さん、チベット暦元日に逝く

1945年、チベットの都ラサに、モンゴル僧に扮して潜入。8年にわたってヒマラヤで過ごした西川一三さんが2月7日、盛岡で亡くなった。享年89歳。

Nishikawa_kazumi■チベットが外国人の入国を禁じていた時代、さまざまな動機を秘め、命を賭してチベットを目指した日本人がいた。
能海寛、河口慧海、寺本婉雅、成田安輝、青木文教、矢島保治郎、多田等観、野元甚蔵、木村肥佐生、そして西川一三。
■西川一三さんはそのうち最も遅く、太平洋戦争前夜に「西北」への憧れからチベット潜入を目指した。故木村肥佐生氏とは「興亜義塾」で後輩にあたる。
■1943年、モンゴル僧ロブサン・サンボーとして内モンゴルを発ち、1年10カ月に及ぶ単独行の後、1945年にラサに到着。いわゆる“特務調査工作員”としての命を帯びていたが、すでに戦争は終わっていた。
▲写真は帰国後の西川さん

Nishikawa_tratsang■その後もチベット、シッキム、ブータン、インドで足掛け8年を過ごした。ラサではモンゴル僧としてデプン寺に入り、1年間にわたって下級僧として滞在。「底辺の人」として生きることを貫いた。
■結局、国が“特務”の成果を活かすことはなかったが、その壮大な体験な一部は『秘境西域八年の潜行』(全三巻)に詳細に綴られている。
■盛岡で理美容材卸業を営み、元旦以外は休まず働き続けた。チベットではずいぶんひどいめにあい、「チベット人は大嫌いです」(2001年「日本人チベット行百年記念フォーラム」での言葉)とまで言い切った西川さんだが、くしくもチベット暦の元日である2月7日、新たな「西北」への旅に発った。

▲写真は西川さんが滞在したデプン寺の僧坊

良き来世をお祈り申し上げます。

▼ニュース記事
【おくやみ】西川一三氏死去 特務調査工作員(中日新聞)

以下、西川さん関連の本。この機会にどうぞ。

Nishikawa8years■『秘境西域八年の潜行 抄』(西川一三/中公文庫BIBLIO)
『秘境西域八年の潜行』3巻(絶版)を1冊にまとめたもの。

100nenbook■『チベットと日本の百年』(新宿書房)
2001年、西川一三さん、野元甚蔵さんを招いて開催された「日本人チベット行百年記念フォーラム」が収録されている。
▼フォーラムのレポートはこちら(ダヤンウルス)

■その他、チベットを目指した日本人たちについての本は↓の「その他の先人たち」コーナーをどうぞ。
チベットの本のご案内

2008年2月 3日 (日)

ネパール・ドルポ写真展+「ヒマラヤを越える子供達」上映会(@大阪)

西北ネパール。チベットとの国境にあるドルポ(トルボ)地域の一番奥、上ドルポ(Upper Dolpo)の写真展のご案内。

Inaba稲葉香写真展
未知踏進 遥かなる時を越えて IN NEPAL
2008年2月7日(木)〜2月21日(木)
13時〜22時(最終日は20時まで)・期間中無休
場所/cafe&gallely CHAKRA
大阪市北区菅原町6-12 06-6361-2624
参加費/ドリンク代

★2月11日 16時〜/スライドショーあり(参加費 ドリンク代)
★2月17日/ドキュメンタリー「ヒマラヤを越える子供達」上映会

公式ブログ
「ヒマラヤを越える子供達」(チベットサポートグループKIKU)

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