卵を投げる中国人、石を積むチベット人
反日デモの中国人の皆さんは、どういうわけか生卵を大使館だか領事館だかにぶつけてくれていた。卵というのはそもそも何なのか、あまり考えたことがないのだろう。さすがは都会っ子。ああいう豊かなチャイナの人々が「扶貧」とか「援蔵」とかいって“貧しい”チベット人に手を差しのべてくれているわけだ。ありがたいことである。
チベット人なら卵は投げないだろうと思う。「食べ物を粗末にするのは良くない」というのとは違う。不必要な殺生を嫌う仏教徒としてのメンタリティーが許さないのだ。無精卵とか有精卵とかいう話は別として、これから生命の形を整えようとしているものを食べること自体が、雰囲気的に忌み嫌われる。まあ実際はチベット人も卵を食べるわけだが、腹を満たすという目的があるなら、まだいいのだ。放り投げてつぶしてしまうというのは、食べもしない動物を殺すのに等しい。
卵はともかく、一番活躍した飛び道具はやはり石だろう。ガラスが派手に割れたら楽しそうだし、あわよくば中にいる日本鬼子を傷つけることだってできる。とはいっても、都会っ子だけあって無駄弾ばかり撃っていたようだ。チベットの遊牧民に投げさせれば一撃で仕留めるだろうに。
チベットでは石は積むものだ。
例えば、道の要所要所に、タルチョ(祈祷旗)とセットになった石塚がある。その横を通るたびに、なにがしか真言を唱えて拾った石を一つ積んでいく。巡礼地や峠などでは小山のように石が積まれた塚が、旅人の安全を見守っている。
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オムマニペメフムなどの真言やお経を彫った石を「マニ石」と呼ぶ。小石に一文字だけ彫った小さなものから、巨岩に仏像などの彫刻をほどこし色を付けたものまで、バラエティ豊かなマニ石が集まったマニ塚は、チベットの風景に欠かせない。
ただ雑然と積んでいるだけでは芸がない。やがて石の積み方に規則性が生まれ、芸術的といっていいほどのオブジェと化したマニ塚もある。そして、一定の形を目指してマニ塚が作られるようになる。近場に寺院のない草原などに作られて、朝晩のお参りの場所となったりもする。
大きければ大きいほど、ありがたい。多ければ多いほど、ありがたい……信仰に情熱を注ぐチベット人の心意気だ。以前ここで紹介したタルチョと同じように、マニ塚も進化する。草原地帯では主に「長さ×キロ」と水平方向に、都市部では「高さ×メートル」「×段重ね」と垂直方向に巨大化する傾向がある。写真はラサにあるマニ塚……というか神仏を描いた石版を整然と積み上げたマンダラ状の石積みだ。ちょっとやりすぎの感もあるが。
というわけで、卵を投げるよりマニ石を積むほうが好き!って方は、画面上でマニ石が積めるサイト「ぱるかん ちゅんちゅん」などはいかがでしょうか(笑)
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