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2005年4月

2005年4月26日 (火)

卵を投げる中国人、石を積むチベット人

反日デモの中国人の皆さんは、どういうわけか生卵を大使館だか領事館だかにぶつけてくれていた。卵というのはそもそも何なのか、あまり考えたことがないのだろう。さすがは都会っ子。ああいう豊かなチャイナの人々が「扶貧」とか「援蔵」とかいって“貧しい”チベット人に手を差しのべてくれているわけだ。ありがたいことである。

チベット人なら卵は投げないだろうと思う。「食べ物を粗末にするのは良くない」というのとは違う。不必要な殺生を嫌う仏教徒としてのメンタリティーが許さないのだ。無精卵とか有精卵とかいう話は別として、これから生命の形を整えようとしているものを食べること自体が、雰囲気的に忌み嫌われる。まあ実際はチベット人も卵を食べるわけだが、腹を満たすという目的があるなら、まだいいのだ。放り投げてつぶしてしまうというのは、食べもしない動物を殺すのに等しい。

卵はともかく、一番活躍した飛び道具はやはり石だろう。ガラスが派手に割れたら楽しそうだし、あわよくば中にいる日本鬼子を傷つけることだってできる。とはいっても、都会っ子だけあって無駄弾ばかり撃っていたようだ。チベットの遊牧民に投げさせれば一撃で仕留めるだろうに。

チベットでは石は積むものだ。

stone1_obo例えば、道の要所要所に、タルチョ(祈祷旗)とセットになった石塚がある。その横を通るたびに、なにがしか真言を唱えて拾った石を一つ積んでいく。巡礼地や峠などでは小山のように石が積まれた塚が、旅人の安全を見守っている。
[写真をクリックすると大きくなります]

stone2_ommaniオムマニペメフムなどの真言やお経を彫った石を「マニ石」と呼ぶ。小石に一文字だけ彫った小さなものから、巨岩に仏像などの彫刻をほどこし色を付けたものまで、バラエティ豊かなマニ石が集まったマニ塚は、チベットの風景に欠かせない。

stone3_dopungただ雑然と積んでいるだけでは芸がない。やがて石の積み方に規則性が生まれ、芸術的といっていいほどのオブジェと化したマニ塚もある。そして、一定の形を目指してマニ塚が作られるようになる。近場に寺院のない草原などに作られて、朝晩のお参りの場所となったりもする。

stone4_chagpori大きければ大きいほど、ありがたい。多ければ多いほど、ありがたい……信仰に情熱を注ぐチベット人の心意気だ。以前ここで紹介したタルチョと同じように、マニ塚も進化する。草原地帯では主に「長さ×キロ」と水平方向に、都市部では「高さ×メートル」「×段重ね」と垂直方向に巨大化する傾向がある。写真はラサにあるマニ塚……というか神仏を描いた石版を整然と積み上げたマンダラ状の石積みだ。ちょっとやりすぎの感もあるが。

というわけで、卵を投げるよりマニ石を積むほうが好き!って方は、画面上でマニ石が積めるサイト「ぱるかん ちゅんちゅん」などはいかがでしょうか(笑)

2005年4月18日 (月)

今がチャンス!?チベット人も反日デモを!

中国各地で反日行動が激しさを増しているらしい。
ああいう規模の国で1万人デモとか言われても、多いのか少ないのかよくわからない。文化大革命当時、天安門広場に100万人の紅衛兵が結集したというのと比べると、まだまだということか?
文革では「造反有理、革命無罪」というスローガンが流行ったが、今回は「愛国無罪」らしい。それにしても四字熟語が好きな人たちだ。

“六四屠殺”と呼ばれる1989年6月4日の天安門事件(リンク先に残酷な画像が含まれているので注意)では政府に逆らったため弾圧されたが、今回は日本が相手だからOK。暴れるデモ隊が大人しい武装警察と衝突する風景はまるで普通の民主主義の国さながらで、本人たちが勘違いしないか心配だ。

チベットではまだ反日デモはないようだが、お隣の四川省成都では、チベットから下りてきた日本人旅行者の心のオアシス、イトーヨカドーが襲撃された。飛行機で2時間のラサへの飛び火も間もなくかもしれない。

lhasa_demo2めったにないチャンス!
ここでひとつ、ラサのチベット人もデモってみてはいかがだろうか?

かつて中国でデモといえばチベット人の独壇場だった。
1987年に始まった一連のデモは戒厳令で鎮圧されていまだに投獄されている人もいるが、今なら大丈夫!

lhasa_demo1過去の侵略行為を反省しない国なんてアリエナ〜イ!……チベット人だからこそ言えるセリフのはずだ。

「愛無罪!オムマニペメフム!」でバルコルにGO!
折良く巡礼者が集まるサカダワ祭も近づいている。

用語[オムマニペメフム→観音様専用のお祈り]
  [バルコル→ラサ旧市街の中心地]

[写真は1987〜89年のラサでのデモ。クリックすると大きくなります]

2005年4月11日 (月)

ダライ・ラマ法王、TIME誌「世界で最も影響力ある100人」に選ばれる♪

time1004/11発売の米『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人 2005年版」にダライ・ラマ法王が入選! 去年も入ってたけど。

“影響力のある”っていうのは、かなり微妙な表現で、金正日が入ってたりもする。日本人では宮崎駿と次のトヨタ自動車の社長だって。結局アニメとクルマだけの国なのか。。。

time1959apr20こちらの写真は、ダライ・ラマ法王がチベットからの亡命直後に表紙を飾った『TIME』誌1959年4月20日号。

ダライ・ラマ法王は現在来日中。詳しくは「ちべ者」あたりでどうぞ!

2005年4月 8日 (金)

ダライ・ラマ法王来日記念♪“「ブルータス」、チベットに出会う!”が完結

ダライ・ラマ法王来日記念、雑誌「BRUTUS」4/1号ダライ・ラマ法王Book in Bookの取材スタッフによるサイドストーリー“「ブルータス」、チベットに出会う!”が完結。

「ブルータス」、チベットに出会う!

なんとか来日に間に合うよう完結できました(^^;
いろいろな皆さんにご協力いただきました。ありがとうございました♪

2005年4月 2日 (土)

チベット文化のサイトが公安によって閉鎖?“蔵人文化網”

China Information Center(中国信息中心)によると、中国甘粛省で運営されていたチベット文化サイト「蔵人文化網」(http://www.tibetcul.com/)が3月25日、蘭州市公安局によって閉鎖された。管理人であるチベット人作家ツェワン・ノルブは消息不明だという。
Tibetan culture site in China forced to close and webmaster disappeared
(CIC, 3/28/2005)
中国境内著名蔵人網站−蔵人文化網被強行関閉(中国信息中心)

tibetcul_closed実際アクセスしてみると、こんな画面が表示される。データ整理&メンテナンス中と書いてある。
まず22日に掲示板コミュニティ「蔵人文化社区」が閉鎖され、次いで25日にトップページが見られなくなったと中国信息中心は報じている。

「蔵人文化網」は昨年オープンしたばかりの中国語サイトで、チベットの高僧、研究者、作家、芸術家などを(アムド地方を中心に!)詳しく紹介してくれる等、なかなか充実したコンテンツが揃っていた。
さすがアムドというべきか、民族意識盛り上げ効果満点の内容でありながら、言葉づかいは慎重で、そのバランス感覚は絶妙。
昨年、中国人アスリートがチベットの聖湖ナムツォを泳いで横断しようと企てた際、公然と非難したのもこのサイトだった。
「聖湖ナムツォ横断」にチベット人が公開書簡で抗議(チベット式)

ただし、閉鎖といっても、見られなくなったのはトップページと掲示板だけの模様。下の階層にあるページにはちゃんとアクセスできるから不思議。
tibetcul_before

例えば、これは「雪獅雄姿」という、チベット人ならタイトルを見ただけで嬉しくなってしまいそうな(笑)人物紹介のページ。(http://tibetcul.com/xsxz/
[雪獅=Snow Lionはチベット人が誇りとする勇壮なキャラ]
掲示板がヤバめの話題で盛り上がってしまい、ほとぼりが冷めるまでしばらく閉じただけかもしれない。
すぐ復活してくれることを祈る♪

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