« チベット・ラサ発のサイト“mmai's” | トップページ | チベット一オシャレなお土産物屋はここだ!…ラサの「ドペンリン」 »

2004年12月 9日 (木)

『仏教崩壊』(児玉修・箸、文藝書房)

bukkyo_hokai.jpg『仏教崩壊』(児玉修・箸、文藝書房)を読んだ。

「西暦2020年。全ての仏教教団が消滅し、日本の仏教は新たな歩みを始める。これは、崩壊の彼方に垣間見える仏教再生の物語である。この書には、宗教者への熱いメッセージが籠められている。」
というのがオビの文句。ただでさえ無宗教化が進む日本で、僧侶・寺院・葬儀にまつわる「金」絡みの不信感がインターネット上で爆発し、寺離れが急激に加速。観光寺院でさえやっていけなくなり、末寺→本山の上納金システムに支えられてきた××宗△△派という類の「教団」組織が破綻するという小説だ。

冒頭は京都で開かれようとする世界宗教者会議。参加者の中に葬儀会社が含まれていることに、海外からの参加者が首を傾げるところから始まる。分科会では、チベット仏教の僧侶が『死者の書』ブームについて「日本人はSFを読むように『死者の書』を読んでいたのです」なんて語ったりもする。

ネタバレになってしまうので「再生」のほうは書かないが、システムが崩壊したために僧侶は個人として庶民や社会に接することになる。話がうまくいきすぎの感はあるものの(笑)一部の僧侶たちが立派に再生に向かって歩み始める一応のハッピーエンド。ちょっとした宗教改革が起こったわけだ。仏教が再生するのかどうかはよくわからないが、宗教者としての僧侶という存在は息を吹き返す。

著者の経歴は「1947年生まれ 同志社大学卒 映像工房サンガ代表」とあるだけだが、会社の名前や所在地(京都)からして仏教業界の映像制作会社の方か?と想像される。小説とはいえ、かなり実体験が盛り込まれてるんだろうなぁ。本文中に「臨応宗」とか「日妙宗」とか「天厳宗」とか全然仮名になっていない仮名が登場するのもまた楽しい。

それにしても、この「宗教改革」では暴力沙汰は何ひとつ起こらない。なんとなく物足りない読後感はそのせい? 実際こんなことになったら何か起こるのでは?——そんな(殺伐とした)気分になったのは、『毛沢東の私生活』(文春文庫)を並行して読んでたからだろうな(笑)。

« チベット・ラサ発のサイト“mmai's” | トップページ | チベット一オシャレなお土産物屋はここだ!…ラサの「ドペンリン」 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

無料ブログはココログ