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2004年10月

2004年10月30日 (土)

今度はチベット人高僧に死刑執行か?@中国四川省

ついこのあいだ青海省で警官がチベット人僧侶を射殺するという事件があった中国ですが、
今度は四川省で、チベット人高僧に対する死刑が執行されるおそれがあります。
tenzindelek.jpg
この僧侶はテンジン・デレク・リンポチェ(中国語名は阿安扎西)。
いわゆる活仏(チベット業界では転生ラマと呼びます)で、
四川省西部のカンゼ(甘孜)チベット族自治州リタン(理塘)周辺の宗教指導者の1人です。

テンジン・デレク・リンポチェ(以下リンポチェ)は
2002年4月に四川省成都で起こった爆弾事件(3人負傷)の共謀者として逮捕され、
2002年12月、執行猶予2年の死刑判決を受けました。
(→当時の情報
その2年が12月2日に終わります。
一緒に逮捕された、実行犯とされるロブサン・トゥンドゥプの死刑は
2003年1月にすでに執行されました。

2人は犯行を「自白」したそうですが、
リンポチェが無実を訴える肉声テープが流出しています。
さらに中国の裁判といえば素晴らしく公正なことで有名ですね。

このまま放っておくと死刑になりかねないというので、
アムネスティなどが手紙やメールによる緊急行動を始めています。
緊急てことで、日本ではまだ体制が整っていないようですが、
いずれかの運動系(?)サイトにまとまった案内が出ると思うので、
たぶん「ちべログ@裏るんた」あたりをチェックしていると素早く見つかるでしょう。

ところで、カム(東チベット)のリタンといえば、
かつては反政府ゲリラの本場ですよ。
あの地域を治めなければならない、都会から飛ばされてきた中国当局の中の人にしてみれば、
いつまにか山奥で寺はでかくなってるは、学校は建てるは孤児院は建てるは、インドとつながってるはで、人心をしっかりとらえているリンポチェの存在は脅威に感じるでしょう。
周辺には、そのチベット人をして「あいつらは怖い」と言わしめる彝(イ)族もいるし(笑)
怖くて、ついつい過敏に反応してしまうんでしょうか?

中国、必死です。

2004年10月29日 (金)

震災義援金@新潟

bokinpark_banner.gif

タダで募金できるサイト「募金パーク」。
とりあえずリンク張っときますね♪

2004年10月22日 (金)

チベットの中心で「Free Tibet!」と叫ぶ韓国人

korean_ft.jpg

ラサのポタラ宮の中で撮影された写真。
黒板にはハングルで「解放チベット」つまり「Free Tibet!」と書かれています。
韓国人旅行者の“確信犯”(笑)によるものでしょう。
占領されたことのある民族同士、
チベット人に寄せるシンパシーはかなりのものです。

地理的に中華思想から逃れられない運命にある韓国人の中国に対する感情については、
「高句麗問題 歴史が韓国にチベットへの協力を促す」
http://www.tibethouse.jp/news_release/2004/040823_korea.html

あたりがちょっと参考になるかも(?)。

数年前から、チベットでも韓国人バックパッカーの姿が目立つようになりました。
以前は、東洋顔のパッカーを見れば「あ、日本人だ」とすぐわかったものですが、
最近は日中韓みな同じような格好をしているので、ほとんど区別がつかないですね。
ラサには韓国料理を出すレストランもできたし、
旅行会社のガイドも差別化のために韓国語を勉強しています。
もともとテレビでは韓国のトレンディー(?)ドラマが何本か放映されていました。
ただ、セリフはふき替えだし、看板のハングルさえ気にしなければ中国の都会なのか香港なのかわからないので、
“韓国のもの”という定着の仕方ではなかったようです。
こないだのW杯で一気に“韓国”という国名が認知された感じ。

韓国の認知といえば「韓流」ってやつ。
クサナギ君がチョナンカンとか言い出した3〜4年前はまだ微笑ましかったんだけど、
来年の日韓条約40周年=日韓友好年とやらに合わせたように、
しかも国営放送から火がついたあたり、
政治・経済いろんな思惑を丸ごと電通が受注した雰囲気の
なんだかキモチの悪い空気を感じます。

ところで、このブログが「チベット式」として始まった当時、
たぶん「アミノ式」が流行ってたんじゃないかと思います。
今だったら、うっかり「チベ流」にしちゃったかも。
「オレ流」ってのも名古屋方面で流行ってるらしいし(笑)。

2004年10月21日 (木)

チベットの手作りドアカーテン

curtain15.jpg“Yakkin Net Market”(http://www.tibet.to/market/)に、チベットのラサからドアカーテンが入荷しました!
白地に紺のお馴染みのデザイン。
以前は特殊な事情でめちゃくちゃ安かったんですが、普通の値段に戻りました。
ラサの“とげぬき地蔵”と呼ばれる(←僕が呼んだんだけど)ツェモリン寺地区の工房に、ナムリン学校プロジェクトのタシ・ツェリン氏が発注した、やや厚手の手作りドアカーテンです。
お部屋チベット化計画には欠かせない一品ですね♪

2004年10月18日 (月)

ダライ・ラマ法王のカーラチャクラ灌頂が動画で見られる

sony_kalachakra.jpg

ダライ・ラマ14世によるカーラチャクラ灌頂(トロントで行なわれた「カーラチャクラ2004」)の模様が動画でたっぷり見られます。ソニーのブロードバンドサイト"World Event Village"のコンテンツです。

http://www.worldeventvillage.com/ja/special/CAN10009/vol01/index.php

「カーラチャクラ」とは「時間の輪」。インド仏教の密教経典(タントラ)の名です。この教えを実践すれば、理想の仏教国“シャンバラ”へ転生できると言われています。インドで最後に成立した、密教が到達した究極のタントラと言えるでしょう。

亡命中のダライ・ラマ14世は1〜2年に一度、カーラチャクラの大灌頂(かんじょう)の儀式を世界各地で行なっています。灌頂というのは、その教えとの“縁”を結ぶための入門の儀式のこと。密教の灌頂には資格や人数の制限があるのが普通ですが、カーラチャクラの灌頂はだれでも受けられるのが特徴です。異教徒でさえ、“シャンバラ”との縁を結ぶことができるのです。

「世界平和のため」(for world peace)——近年のカーラチャクラ灌頂で定番となった“サブタイトル”です。でも実はカーラチャクラ・タントラは、インドで滅びつつあった仏教の断末魔の叫びのように生まれた教えです。イスラム教徒との対決姿勢を露わにし、“最終戦争”の予言までした物騒な書です。あまり世界平和っぽくはありませんが、パワーはあるかもしれません。そのおかげかどうか、仏教は発祥の地インドから姿を消した後、チベットで生き延びることができました。

ダライ・ラマ14世はカーラチャクラ大灌頂をすでに30回近く行なっています。地球規模での“シャンバラ”との縁結びが必要だと切実に感じているからでしょう。それは、地道に種をまくようなものです。巨大な会場にうごめく人波や、なんだか我慢大会のような長時間の込み入った儀式、病的に緻密な砂マンダラ——これらから受ける印象は、“穏やかな祈り”というより“イザとなったら質より量”です。1滴1滴の雨粒も、川になり、海となって、やがて大陸を包囲します。

2004年10月14日 (木)

チベット高原の塩「太古の海」

チベット高原が塩の産地だというのは、よく知られています(よね?)。
人類が何千年だか使い続けても余るくらいの量があるんだそうです(と、どこかで読んだ気がしますが、記憶が定かではありません)
日本でも「紅い塩」とか「ヒマラヤン・ルビー・ソルト」とか、なんだかすごくありがたそうな名前の塩が健康にいいとか美容にいいとか料理が美味しくなるとかいうので、塩マニア(?)の間では有名です。普通のスーパーなどではまだ「モンゴルの塩」止まりですが、ネット上では、チベットの塩もよく見かけるようになりました。

taikonosio.jpg先日、チベットから“チベット高原の2億5千年前の地層から湧き出る塩湖から採取した天然天日干塩”を輸入して「太古の海」というブランド名で売っている広島のロイヤルフーズさん(http://www.sumiyoshi.gr.jp/)からメールをいただきました。単にネットショップが営業をかけてきた程度の話なら、ここにわざわざ書いたりはしません。
「太古の海」のサイトを見ると、
>>2004年夏に、作家の神渡良平先生と一緒に
>>「太古の海」のふるさとであるチャルカン塩湖にいってきました。

などと書かれており、ツァイダム盆地にある塩湖の訪問記が掲載されています。また、歌手バイマー・ヤンジンさんの活動にも関わりがある様子。

かなり気合いが入っているらしいという所を見込んで(?)ここで紹介してしまう次第です。値段も結構リーズナブル。なーんて、やけに誉めてますが、別に塩1年分とか、もらってませんからね(笑)。

それと、塩といえば、忘れてはいけません、東チベットのナンチェン(青海省)で活動しているNGOミンドゥリン・プロジェクトが今週末10月16日&17日、横浜国際協力まつりに出展します(横浜・山下公園前「産業貿易センタービル1F・ホール」)。恒例の(?)東チベット産の岩塩やチベットのカレンダーなどの販売もあるそうなので、よろしくです♪

2004年10月10日 (日)

青海省でチベット人学生200人が就職難に抗議

先日の「警官が僧侶射殺」事件のあったゴロク(果洛)州で再び事件。

米国の対東アジア宣伝放送Radio Free Asia(2004/10/8)によると、
青海省のゴロク(果洛)チベット族自治州で、チベット人を中心とする
少なくとも200人の学生が、就職難に抗議するため、
2週間以上にわたって座り込み(というかキャンプ)を続けている。

抗議行動をしているのは高等教育を修了して地元に帰ってきた学生たち。
卒業後の就職を約束され、家畜を売り払うなどして高額な学費を工面して
学校に行ったにもかかわらず、その約束が果たされなかったという。

現地当局者によると、彼らは州政府の建物近くで9月21日から
座り込みをしており、スローガンを叫んだりはしていない。
政府職員は学生らのために食料やテントを用意し、国慶節の連休返上で
説得にあたった。
参加者のほとんどはチベット人だが、中には漢族もいる。

学生らは、当初の約束通り全員に優先的に職を与えるよう現地政府に求めている。
そういった約束があったのは事実のようだが、彼らが学校に行っている間に
閉鎖された政府機関も多いため、就職口そのものが減ってしまった。
さらに、地元出身者以外が職を得ていることも学生たちは不満に思っている。

↓ソース
Hundreds of Jobless Tibetans Protest in Qinghai Province
2004.10.08

2004年10月 4日 (月)

中国人警官がチベット人僧侶を射殺

中国青海省で、チベット人の僧侶が警察官に射殺されたとの報道がありました。
報道によると事件の経緯は次の通り。

・9月の初め、ゴロク・トプテン(Golok Topden)寺の僧侶らが、宿泊していたゲストハウスに忘れ物を取りに戻った。
・宿のオーナーが、僧侶らが泊まっていた部屋に立ち入ることを許さず、もめ事になった。
・宿のオーナーが警察を呼び、僧侶らは2日間、タルラク(達日)県の警察署に拘留された。
・僧侶らは拘留中に暴行を受けて負傷し、病院での治療が必要となった。
・9月14日、トプテン寺の僧院長(ケンポ・シェツェ)は、治療費の賠償を求めるため、警察署に赴いた。
・もめ事になり、警官が僧院長を射殺。僧侶数人が負傷。
・現地警察当局者は事件があったことを認めているが、原因は調査中
・一時緊張が高まったものの、宗教指導者の呼びかけによって、抗議行動などは中止された。

※ゴロク・トプテン(Golok Topden)寺は、アムドのマチェン県(青海省果洛チベット族自治州瑪沁県)にある僧院とのことです。ニンマ派(ゾクチェン寺系)のトクテン寺(多合旦寺)かもしれませんが未確認。

※一番最初のソースは米国の対東アジア宣伝放送Radio Free Asia
Tibetan Monk Shot Dead in Qinghai, Officials Appeal for Calm (2004.10.01)

※他の記事(基本的には上記ソースの引用)
China Police Shoot Tibetan Monk After Complaint (ロイター)

Monk Shot Dead in Tibet, Officials Appeal for Calm (International Campaign for Tibet)

2004年10月 3日 (日)

チベット「ナムリン学校プロジェクト」今年分の報告

チベット自治区ナムリン県の教育を支援する「ナムリン学校プロジェクト」の今年分の報告をアップしました。ご支援いただいている方、いつもありがとうございます。
http://www.tibet.to/project/

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